Documentary Movie

2019年4月より台湾と宮崎で塩月桃甫の足跡を辿り、撮影を始めております。
プロモーション用ショートムービーをご覧下さい。
(YouTubeで塩月桃甫と検索)


塩月桃甫(1886-1954宮崎県出身)は、戦前の日本統治時代の台湾に初めて西洋美術を普及させ台湾美術展覧会を創設し、
台湾美術界に多大なる貢献をした画家である。

塩月桃甫ドキュメンタリー映画制作発案者のアーティスト小松孝英は、9年前より台湾の国際アートフェアに多数出品するなどしており、 現地で塩月の名を聞く機会も多く、関係者からすすめられ関心をもった。

そんなある時、宮崎県児湯郡の骨董屋で塩月桃甫の描いた台湾原住民族(先住民)の油絵と出会う。
しかし、調べて行くうちに台湾での知名度、貢献度とは対照的に日本ではほとんど知られていないことを知る。
大正10年、塩月は日本政府側の教育者として台湾に渡り、台湾原住民族やその文化に魅せられていくが、日本は同化政策さらには戦争へと突き進んでいく…。

激動する時代と矛盾していく自身の環境の中、塩月はどのような事を思いどのように表現していったのか。
小松はこの約一世紀前の同郷の画家を追いかけるにつれ、アーティストにとっての「自由」とは何か考えさせられる。

Our Staff

小松 孝英

脚本・監督

ワタナベカズヒコ

撮影・映像ディレクション

玉田 圭詮

映像ディレクション

柴田 七美

脚本・構成

阿部 和宣

美術監修

塩月 光夫(塩月 桃甫の孫)

特別協力


取材協力

台湾と宮崎の有識者・研究者の方々、他たくさんの方にご協力いただいております。

塩月桃甫(しおつきとうほ 1886-1954)

宮崎県西都市に生まれる。本名は永野善吉。宮崎師範学校卒業後、塩月家の婿養子となり東京美術学校図画師範科に入学。
卒業後に11年間教職に就いたのち大正10年35歳で台湾に渡る。
以来終戦まで約25年間台湾美術界の重鎮・教育者として台湾美術展覧会を創設するなど振興と近代化に貢献した。


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